今回お邪魔したのは、
・特定非営利活動法人 チャレンジド
・所在地:美浜町奥田儀路272(2026年、美浜町内で移転予定あり)
・正職員 5人、登録ヘルパー 98人(2025年12月1日現在)
美浜町で障害者福祉に取り組む「特定非営利活動法人 チャレンジド」。住み慣れた町で障害があっても自分らしい生活を送れるよう支援活動に取り組むスタッフの皆さんにお話を伺いました。
障害学生の学外支援から地域住民へ、広がった支援の輪
チャレンジドは、日本福祉大学に通う障害学生の「学外支援」が始まりでした。当時大学の校内であれば生活のサポートが保証されていたのに対し、一歩外にでると支援はなくなり通学すら困難に…。そんな学生を助けるため学外での支援を目的とした任意団体として立ち上がりました。

そして2003年にできた福祉制度をきっかけに法人化。すると地域住民から利用希望の声が挙がり、障害学生に限らず地域の方も対象とした今の形になりました。「障害ある人の地域での生活をサポートするために、主に介助派遣を行う“ヘルパーステーションNEO”と日中一時支援の“ちゃれんじクラブ”、親元を離れての自立生活を体験、学ぶ“ちゃれんじハウス”の運営をしています。」と津江さん。
現在利用者さんは50名ほど、年齢は学齢期から50代までと幅広く、平日はそれぞれに日中活動(学校や生活支援、B型事業所など)を行っているとのこと。
必要な人へ必要なサポートを届けるヘルパーのマネジメントという仕事
チャレンジドの軸となっているのが、ヘルパーを派遣し居宅介護や重度訪問介護、移動支援を行う「ヘルパーステーションNEO」です。学生から社会人まで80名以上がヘルパー登録をしており、そのマネジメントを行うこともスタッフの主な役割。


倉田「例えば休日に出かけたい時にヘルパーを頼るのが“移動支援”です。私達の仕事は事前に利用者本人や親御さんと打ち合わせをして、組んだスケジュールをヘルパーに託し当日の支援をしてもらうことです。新人ヘルパーさんの場合は同行して研修することもあります。」
三輪「移動支援は時間や内容も様々でペアになるのは学生ヘルパーが多いですね。僕も大学時代にヘルパーをしていましたが、自分も楽しかったし利用者さんが笑顔になってくれるのが嬉しくて。この経験がきっかけで入職を決めたほどです。」

またヘルパーが自宅に赴き、身の回りのサポートを行うのが「重度訪問介護」。町内で一人暮らしをしながら日本福祉大学に通う神谷さんがその一人です。

津江「神谷さんは重度身体障害があるので、ベッドから車イスへの移動をはじめ日常生活の介助をヘルパーにお願いしています。24時間365日のフルサポートになり、そのうち大部分をチャレンジド所属のヘルパーが担当しています。基本的にシフトで固定のヘルパーさんが入ってくれているのですが、何かあった時などは僕たちがフォローに入ります。」



驚くことに神谷さんが住んでいるのはよくある単身者用の1Rアパート。玄関には段差、部屋までは車イスがギリギリ通る幅しかなく、キッチンやお風呂ももちろん非バリアフリー。
津江「この家もそうですが、サポート内容もすべて神谷さん自身で指示を出しながら決めています。体のまひがあるだけで意思疎通、自己選択と決定はできるので、本人主体でできない部分を補うという形のサポートです。

三輪「神谷さんは身体障害を理由に進学を諦めてB型事業所にいたのですが、社会福祉士になりたくて大学へ入り直し、それを機に一人暮らしをスタートさせました。美浜町は車移動が主で交通の便をはじめバリアフリー化が進んでいるとは言い難いですが、仕組みとサポート体制さえ整っていれば重度障害があっても自立が可能なんですよね。」
ほかにも3名がこの重度訪問介護という支援を受け一人暮らしをしているのだとか。
やりがいは「みんなの笑顔」。企画運営の難しさと楽しさ


倉田「ヘルパーステーション事業はマネジメントと現場での支援になりますが、ちゃれんじクラブ(以下クラブ)とちゃれんじハウス(以下、ショートステイ)は企画から当日の運営まで私たちが主体で動かしています。」

倉田「例えばショートステイだと夕食の献立も私達が決めています。アレルギーや栄養、予算を考慮しつつ、旬の食材を使って季節感を楽しめるメニューは何かな?とか。管理栄養士さんとも連携しています。」
三輪「クラブの場合は月2回色々なイベントをしますが、目的地を決め施設を調べ、段取りを組み、ヘルパーの担当を考えたり、あと雨の日と晴れの日の2パターンを用意したり。いろいろな想定をしますね。この計画書作りがヘルパーから職員になってみて一番大変だと感じた部分です。」

倉田「参加してくれたヘルパーさんのフィードバックから改善点やヒントを貰うことも多くて、それを踏まえて次は何が企画できるかなと頭の中はそればかり。行きたい場所ややりたいことなど利用者さんの希望も取り入れたいし、私たちも楽しみながらやっています。」

チャレンジドの活動はどれもヘルパーさんあってのもの。だからこそヘルパーさんとの信頼関係づくりも大切にしているんだそう。
倉田「日頃から話しやすい環境をつくることで困った時は相談してくれたり、逆に利用者さんの些細な変化を教えてもらう事もあります。双方の良い関係性が運営を円滑に進めているのだと思います。」


福祉・介護業界「未経験から福祉の道へ」、改めて感じた人と関わる楽しさ
チャレンジドの活動を知り、未経験で入社したという竹内さんにも話を聞いてみました。
竹内「僕は元々バーに勤めていたんですが、障害者にもお酒好きな人って多いんですよ。ただ気軽に飲みに行ける店がなくて、健常者も障害者も関係なくお酒で一緒に盛り上がれる場所があったらいいなと思っていました。そしていつかは障害のある人と一緒に運営するバーを作ってみたいなって。それをチャレンジドのみんなは出来るよって肯定してくれて、それが嬉しかったんです。」
大きな団体ではないからこそ、自分がやりたいことを実現できるのではないかと感じたそう。

竹内「介助や介護の知識がなかったので最初は資格(※1)を取りに行きました。右も左も分からなかったけど利用者さんの支援に入る時は必ず研修があったし、周りには業界歴が長く頼れる人ばかりで不安はなかったです。」
※1介護職員初任者研修。介護系の資格がない場合は入職後に資格取得支援あり。費用はチャレンジドが全額補助。
未経験者から見た福祉の世界はどうでしたか。
竹内「この1年半、新しい発見の連続でした。ベッドからの移動方法も人によってやり方が違うし、意思疎通にも色々な手段や方法があります。人対人の関わりなのでワンパターンじゃないし体調や気分にもよる、本当に奥深いなぁと感じました。自分なりに次はこうしてみようと実践して、利用者さんが心を開いてくれた時は嬉しかったですね。僕は人と接するのが好きなんだなと改めて感じました。」
大切なのは相手を尊重し思いやる気持ち。竹内さんのお店をつくる目標は今も健在なんだとか。
将来の“親なき後”を考えた新たな取り組み「ちゃれんじハウス」


さらにチャレンジドのビジョン「親なき後も住み慣れた地域で生活を続けられる仕組みをつくる」に向けて、最初のステップとして新たに始まったのが自立生活を体験するショートステイ「ちゃれんじハウス」です。目指すのはちゃれんじハウスで経験を積み、将来は親元を離れて地域で自立した生活を送ること。

活動は夕方から翌朝までの1泊2日。夕食、入浴、就寝、朝食、掃除までが一連の流れで、男性は週2回、女性は月1回開催しています。
倉田「環境の変化が苦手な人も多いので、自宅以外に泊ること自体が挑戦です。加えていつもは親任せだった事を自分でやってみる、これはすごい一歩なんですよ。最初は一緒に布団を敷いていた利用者さんが、一人でベッドメイクが出来るようになったときはハイタッチするほど嬉しかったですね。」
フリーの時間には音楽を聴いたりDVDを見たり、みんなでトランプをすることもあるのだそう。

倉田「支援員という立場ですが、利用者さんと一緒に考えて、挑戦することを私も楽しみながら活動しています。ゆっくりだけど回を重ねるごとに成長があって、このまま自立して生活できるようになったらと期待が膨らみます。私はこの親なき後というビジョンに共感して入職したので、その時がきたら嬉しさで泣いてしまうかもしれません。」
いつかは現実としてやってくる“親なき後”に、それでもこの住み慣れた美浜町、知多半島で生活していけるように出来ることを増やしながら、一方で仕組みづくりにも挑むチャレンジド。障害はサポートさえあればなんの障壁にもならない、可能性は無限大なのだと感じました。
