今回お邪魔する事業者さん
・有限会社 加藤造園
・所在地:知多市新知字南惣作34番地の11
・創業:昭和63年
・従業員数:17人(施工管理4人、現場職人9人、事務職4人。パート・アルバイトを含む)

公園の木を剪定したり伸び放題になった道路脇の雑草を刈ったり、町の景観を美しく保つ仕事をしている会社があります。そのひとつが、知多半島を中心に公共の場や個人の住宅、民間の工場まで緑地を管理する仕事を請け負う有限会社 加藤造園。今回は2代目社長の加藤さんにお話を伺いました。
きっかけは北海道から愛知への転勤。父が一念発起した新事業
昭和63年に加藤社長の父親・善也氏が創業したという加藤造園。起業のきっかけは北海道から愛知への転勤だったそう。
「元々父親は北海道で大型トラクター等の農業機械の販売と修理を請け負う会社の営業をしていました。売れっ子の営業マンで、その腕を買われて販路拡大のために家族で知多市に越してきました。ただいざ来てみたら全然売れない。というのも、農業大国・北海道と違ってこちらは中~大型農業機械を必要とする大規模農園がほとんどなかったんです」
今の会社に残ってもこれまでのような売り上げは出せないと判断した善也氏は、農機具販売と並行して草刈りを専門に行う事業を立ち上げることに。これが加藤造園の前身です。

「草刈りというのは機材への初期投資が安くすむからというのが大きな理由でした。農機具の知識もあるのでメンテナンスや修理も自分で行えます。しばらくは二足のわらじで頑張っていましたが、少しずつ草刈り以外の依頼も増えてきたので昭和の終わりに会社を立ち上げました。その時父は40歳。家族はこの脱サラ劇になかなかハラハラしましたよ。」
その後、業務内容が徐々に広がり、現在は一般家庭だけでなく企業や公共事業も請け負う造園会社へと成長しました。
大手造園会社の社員から独立。会社を継いだ加藤社長の思い
そんな父の影響もあってか同じ造園業界に進み、大手企業の造園会社に入社した加藤社長。

「父親が65歳の時に引退を考えていると相談をされました。従業員もほとんどが父と同世代だし今会社を畳めばきれいに終われるという考えだったようです。ただそれを聞いてもったいないという気持ちと寂しさがこみあげてきたんですね。業績も順調に伸び、自治体から公共の仕事を請ける指名(※1)が受けられるようになって数年、ここからという時だったからです。」
※指名とは、自治体が名指しで企業に依頼すること。実績はもちろん高い信頼関係も必要で受けられるようになるのは容易ではない。

「それに思い出もたくさんありました。学生の頃なんて休みになると仲の良い友達と一緒に草刈りバイトをして、貰った給料でそのまま遊びに繰り出していましたから。青春の1ページというわけじゃないんですけど、当時のことを思い出して、無くなるのは寂しいなと。」
大手企業を辞めることに迷いはなかったのでしょうか。
「収入面、待遇面を考えれば後ろ髪を引かれる部分はありました。ただ大手は上を目指しても限界があるのも事実。それなら社長として自分の思う通りにやってみたいと思いましたね。その時まだ30歳でしたし、父親の40歳で脱サラに比べたら10年も余裕があるじゃんと(笑)」

実際に継いでみてどうでしたか。
「父親とは引継ぎとして3年間肩を並べて仕事しましたがケンカの毎日。父親には父親のやり方があるし、僕も前職での経験からこうしたいと思うところがある。職人たちはまたやってるわと半ば呆れていました。もう当時を知る職人はひとりだけ。この10年、僕と彼で奮闘しながら新しい職人を招き入れて今に至ります。」

1年でワンサイクル、季節ごとに決まっている造園の仕事
植物を扱うということは季節に従ずる仕事ということ。そのため造園業は時季によって必然と作業が決まっているのだそう。
「1年をワンサイクルとして、ざっくりですが春は植栽、夏は草刈り、秋から冬にかけて剪定作業をしています。花や木が育つ時期もあれば、下手に触ると弱って枯れる時季もあるので、植物に合わせて私たちも動きます。」
お話を伺ったのは11月。ちょうど近くの公園で剪定作業をしているとのことで、現場にもお邪魔させていただきました。

脚立に登りどんどん枝を切落していく職人さんたち。生い茂る葉に埋もれてしまっていますが、どうやって切る枝を見極めているのでしょうか。
「木の種類によって切り方があるのと事前に完成イメージを伝えてあるので、俯瞰で見れなくてもどこをどう切ればいいか感覚で分かっているんです。」と教えてくれたのは現場で指揮をとる施工管理の河田さん(50代)。




大きな枝が次々と運びだされ、パッカー車へと詰め込まれていきます。落ち葉や枝をきれいに片づけたら報告書に記載する写真を撮って作業は終了。この日は過ごしやすい気温で作業も捗ったよう。

屋外が基本の仕事だからこそやっぱり気になるのは夏の作業について。
「夏は1時間に1回休憩を入れたり様々な対策をしていますが、やっぱり大変です。暑さって慣れでもあるので、僕たちも春から少しずつ日を浴びて体を順応させていくんですね。ただ最初のうちは乗り越えるしかない。例えばですが野球やサッカーなど外でスポーツしていた人は適応するのも早いですね。夏さえ過ぎれば今みたいな作業しやすい秋冬春が待っています。」
年数を重ねると耐性もついてくるようで今も70代の職人が在籍しているし、以前は女性も活躍されていたそうで職人になるのに年齢や性別に関係ないとのこと。

一人前の職人になるためにはどのくらい時間がかかるのでしょうか。
「第一歩は草や枝の片付けや掃除などいわゆる補助から始まります。そこから先輩の指導の元剪定を始めていきますが、早い人だと半年~1年くらいですね。下積み何年と言っていたのは昔の話で、今はやる気次第です。覚えようという意欲があればどんどん教えるし、たくさん吸収して河田のように現場を指揮できる人になってほしい」と社長の加藤さん。そこには今後の会社の在り方にも関わる考えがあるのだそう。
今後の会社の在り方と育てていきたい人材
今回の現場でひときわ高い木に登っていたのがベトナムから来たフンさん。実家はライチ農家で木登りが得意、3m以上あろう場所でも淡々と作業を進めます。
「彼のような外国人を4人受け入れています。業界全体が人手不足の今、実習生の力は必要不可欠になってきていて、実際とても助かっています。フンくん達がいずれ国に帰ってしまっても、また新しい人を受け入れると思います。」

「だから今後のためにも現場を指揮していく施工管理者を育てなきゃいけないと思うんです。技能実習生だけじゃなく短期アルバイトを雇うこともありますし、これからの時代、多様化していく働き方をうまく組み込めるようになれば、仕事の幅も広がるし今以上に請けることができます。」
現在加藤造園では、公共事業と建設業、企業からの案件が全体の7割を占め、会社の軸となっています。ただ依頼は多いのに割ける人員がいない。
「作業してきれいに整った現場を見ると気持ちがいいんですよ。自分で形にするおもしろみもあります。ぜひもっといろんな人に知ってもらいたい」と加藤社長。作業が終わり木々がさっぱりした公園は明るく利用しやすい雰囲気になっていました。
草木は手入れが行き届いていれば、美しい景観と癒しを与えてくれます。木々を整え、花を生けて景観を守ること、これは“ものづくり”だと感じた一日でした。緑の多い知多半島にはまだまだ仕事が溢れています。草や木々同様、加藤造園の成長も止まりそうにありません。
