今回お邪魔する事業者さん
・伊良湖パイロットボート株式会社
・所在地:愛知県知多郡南知多町師崎的場1-17
・創立:1963(昭和38)年6月
・従業員:40名
1日400隻が行き交う海の大動脈で――
使命は、日本の輸出入に欠かせない“水先人(=水先案内人)”を大型船へ安全に送り届けること。
今日も波を切って進むオレンジ色の「パイロットボート」が向かうのは、太平洋から来た大型船が、伊勢湾・三河湾に入る海の玄関口・伊良湖水道。
晴れた日には富士山を望むこの海域は狭い海峡で、昔からの難所。
そして現在は、海上保安庁「伊勢湾海上交通センター」の管制のもと、1日約400隻以上もの船が行き交う、“伊勢三河湾の海上交通の要”になっています。
今回は、その伊良湖水道に水先人を送り届けるパイロットボートの船長・布野さん(入社8年目・39歳)に、熱いお話を伺いました。

水先人とパイロットボートとは?
「水先人って、大型船を船長の代わりに動かせる人なんです。国家資格を持つ専門家で、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』にも取り上げられるくらい重要な人なんですけど、僕もこの職業につく時はじめて知りました」
水先人は、特定の港や湾内の地形・潮流・独自の海上交通ルールを熟知した“船長のアドバイザー”として、湾口や港から大型船に乗船し、安全な入出港に導くのだそう。
「大型船の出港時は、水先人が港からその船に乗り、伊良湖水道通過後に下船します。その水先人を大型船へ迎えに行くことも、僕らの仕事です」と布野さん。
ちなみに “パイロット”とは、もともと“船を港に導く人=水先案内人”の意味。その水先人を送迎する船なので「パイロットボート(水先艇)」と呼ばれているんですね。

海のプロフェッショナルを送り届ける重要任務
「自動車やエネルギー資源等をはじめ、日本の輸出入の9割以上は海上輸送が担っています。僕らの仕事は、日本の物流に直結しているんです」
伊勢三河湾は“強制水先区”に指定されていて、一定以上の大型船には、法令で水先人の乗船が義務付けられています。
「僕らが水先人を送迎できないと大型船は伊勢三河湾内を航行できないので、責任感とやりがいのある仕事です」
物流をなるべく止めないため、荒天や夜間でも海に出るパイロットボートは、まさに日本の物流をつなぐ“影の仕事人”!
フル稼働の港を支えるシフト体制
湾内の港は24時間365日稼働しているため、業務は昼夜問わず始まります。
どんなサイクルで働いているのでしょうか?
「入社後、3ヵ月間は日勤(8時~17時)。慣れてきたら早朝勤務(0時40分~)、夕方~深夜の夜番、夜勤へと進み、約1年後には通常のシフト勤務に。
朝勤・日勤・日勤・休み・遅番・遅番・夜勤・休み・休み、という流れですね」
出勤時間は、港の荷役の状況で前後することもあるとか。
「最初は夜中に起きられるか心配でアラームをたくさんかけましたね。でも今の生活スタイルにはわりとすぐに慣れました」
パイロットボートの船長の1日
「出勤後は、当日の大型船の予定と、水先人の動静、その日の天候、海象(海洋の自然現象の総称)を確認。ボート基地へ移動し、操縦装置や救命設備を点検。師崎または伊良湖の基地から水先人を乗せます」

小型船の航行も多い海域のため、レーダーで確認しながら船を進めます。無線で、対象の大型船と交信して乗船ポジションを確認し、後方から接近。大型船の側面に垂らされた縄ばしごにボートをつけ、水先人の体を支えながら波を読み、「今です!」と送り出します。

このとき、大型船はエンジンを止めずに進んでいます。パイロットボートはその大型船とスピードを合わせてぴたりと横付け。けれども波の影響が大きいため、並走する操船は至難の業。
ベテランが操船しても、甲板にいると振り落とされかねない瞬間が。そのため甲板に出る乗組員は命綱をつけるのが必須です。
水先人の手が梯子をつかもうとする間も、船は上下に不規則に揺れ、手に汗握る数分間!
「声掛けのタイミングを誤ると、水先人が船と船の間で下に引きずり込まれて落水する危険があり、一瞬の判断が命を左右するんです」
無事に水先人が梯子を登った後、取材チームはアクション映画やスパイ映画を見終わったような興奮と安堵感で、しばし呆然としてしまいました。
これは影の仕事人というより、海の仕事に欠かせないヒーローです。
出勤時は1日に2~3往復、7~9名の水先人を送迎し、この緊張感あふれるミッションをやり遂げているそうで、メンタルの強さや操縦のたくみな技など、かっこよさにしびれました。

ところで、待機時間には何をしているのか伺うと、基地でメンテナンスや救助訓練などを行っているとのこと。
「半年に1回は、船底の貝や海藻を落とし、自分たちでペンキを塗ります。わいわいやって楽しいですよ」

水先人会が主催する合同救助訓練では、伊良湖パイロットボートの社員がお手本として中心的な役割も担うそう。
「“外洋での経験値”と“取り扱う船舶数の多さ”が、業界内で高く評価されているのだと思います」
未経験から一人前の船長へ
以前は鹿児島で大学職員として働いていた布野さん。契約満了を機に、Uターンでこの仕事に就いたそう。
「マリンスポーツが好きで、海の仕事がしたくて。最初は水先人も知らず、元船乗りの祖父に聞いたり、調べたりしました。職場見学で“日本の経済を支える重要な仕事”だと実感。外国船と英語でやりとりするかっこよさにも惹かれましたね」
英語が得意でなくても、話す内容は型がだいたい決まっているので大丈夫だそう。未経験者採用にも積極的で、20代~60代まで幅広く活躍しています。
「43歳ぐらいまでは受け入れていて、最近入社した社員も40歳です。うちは、実践を通してじっくり操船技術を習得していく社風。難しい海域で、船も特殊ですから経験者でも慣れるまで1年はかかるかなと。そこから様々な天候、海象(海のコンディション)に応じた操船、様々なタイプの外国船への乗せ降ろしなどの経験を積み、だいたい3年で日中の船長、4年で夜間の船長、約5年で全状況に対応できる船長になれます」

荒波を越える“経験値”。物流を支える操船技術
夜間の航行では、暗闇の中で手元のスイッチやスロットルを操作します。
「実践を繰り返して、感覚で覚えていくんです」と布野さん。
外洋では3~4m級の波を前に、足が震えるほど不安な状況に直面することもあったと言います。
「それを克服するには“舵を持つ回数”と“沖に出る回数”が重要だと先輩から教わりました。人命を扱う仕事だからこそ、荒天でも凪でも、焦らず慌てないことが大切なんです」
パイロットボートは強度や運航基準が特殊のため、他船が欠航する状況下でも出動することがあるそう。そんな時は、仲間との緊密な連携も欠かせません。
「この仕事は、時としてヒヤッとすることもあります。大きな事故はまだありませんが、沖の状況がわからないまま行くのは危険。先に沖に出ている仲間から、波の様子や本船への伝達事項など常に共有し合って、対応していきます」
航行中止の基準はあるけれど、対応できる範囲が広がれば、物流を止めずに済むケースも増えます。
「自分たちの操船技術が日本の物流を支えていると思うと、大きなやりがいにつながります」

Uターン就職で見つけた天職
「鹿児島の環境がよかったので地元には戻らないつもりでしたが、今はUターンして本当に良かった。親も喜んでいますし、地元の友人にも会えます。何よりこの仕事に出会えたことが大きい。海の仕事は厳しいですが、辞めたいと思ったことは一度もありません」
布野さんの今の目標は、気象・海象状況の変化をより早く見極めること。
「予報と実際の気象・海象は違うことがあるんです。その変化により早く気付けるようになることが目標です」
待遇面での良さは?
ここ数年で、給与や福利厚生が大きく改善され、事務所も新しくなったそう。
「若い社員も増え、会社の雰囲気は一層良くなりました。実は、以前だと職場の不満をもらす声が聞こえていましたが、待遇が良くなってからは、その声がなくなってきました」

水先人という法律で定められた存在を守る「安定した仕事」であることも、大きな魅力だそう。定年は65歳で、60歳以降も給与が上がる制度のほか、同社は有給休暇取得率が100%という点も特筆すべきところ。船員には、一般の労働基準法とは異なる「船員法」と「船員保険」が適用され、休暇制度、健康保険、年金が手厚いのも特徴。毎日陸に戻れることも働きやすさのひとつだとか。
この現場に向いているのは、こんな人
「元気で、挨拶ができる人ですね。海上は波や風の音で声が届きにくいので、大きな声は、水先人の命を守るために必要です」
この海域の水先人は100人ほどいて、要望も人それぞれ。命を預かる相手だからこそ信頼関係を築けるコミュニケーション力も大切。また、遅刻が許されない仕事なので、乗組員は会社から30分圏内に住むことが原則。乗船前の飲酒チェックも厳格です。
「日頃から自己管理や体調管理ができる人が向いていると思います」と布野さん。コンプレーン(海難事故など)を起こさないためにも、港の運行を担うプロとしての責任感と冷静さが、日本の物流を静かに支えています。

応募者へのメッセージ
「派手さはありませんが、やりがいのある仕事です。海の上で感じる潮風の気持ちよさは格別ですよ。見学も受け付けていますので、ぜひ一度体験してみてください」
